とびうおツッピン

なにかを発言する時に
有意な立場に立とうとかより自分をよく見せようとか
そういう打算的な姿勢で臨みたくないなぁと
思う


でもきっと人間だから少なからずそういう感情をもってしまうよ
それが悲しいよ


例えば


最近の音楽業界は腐ってる!ポップなんてクソだ!
っていう発言には、自分は音楽のことをよく知っているっていう見栄みたいなのが含まれちゃうよね

それをふまえて今度は
みんなポップはクソだとかいうけど、実際売れてるのだからなにかしらの才能が必ずあるわけで、そこは評価すべきだよ
などと言ってみても、これはこれで、自分は他人よりも冷静な目で物事をとらえているよって主張してるみたいにきこえる



結局行き着く先は「黙ってる」のが一番だと気づく
でも生活する以上会話ってのは必要不可欠だからそんなことできないし



とにかく何かしら自分の慢心から生まれるウザい心情や姿勢や態度をできる限り排除したいよ
ひたすら無害な人間になりたい










そうだ
無害な人間になりたい

きっとこれは俺の人生において一番重要で、それでいて一生叶うことのない欲求だ








無害な人間になりたい



















最近よく用心してることは
ネットを見てそれがその世界のすべてだと思わないようにすること
いくら利用者数がハンパなかったとしても、それが本当にこの国全体の意見として成立しうるのかはかなり怪しい
匿名性によっていかにも利用者達が多種多様であるかのように思えるが、実際のところある特定の情報の種類や意図によってかなり利用者の偏りが生じているのではないかと思う

2ちゃんねるとかニコ動とか、そういうのに書き込まれた意見にたやすく影響されないようにしないとな

春だ



さくら



綺麗だったよ











年をとる度に自分が世界の中へと消えていってしまいそうな恐怖に襲われる



世界というそのくくりの中に自分が同化されていく怖さ








宇宙からみたら地球には人間がホントうじゃうじゃうごめいているのが見えるんだろな


人間がアリの行列の中のある特定の一匹を気にすることがないのと同じように
宇宙からすればうじゃうじゃいる人間の中の一人である俺なんてどうでもいいんだろう


どうでもいいんだよね










でもその概念すらも俺の頭の中で繰り広げられている1つの妄想にしかすぎないわけで

そう考えると世界というものがとてつもなく巨大、巨大っていうか壮大?うまく言葉がみつからんがとりあえず凄いものに思えてくる




だって俺と同じように考えている人はこの世界に果てしなく存在していて

そしてそんな人たちの集まりこそがいわゆる世界なんだよ








この世界を俺は俺の頭の中からしか覗き込むことができないから

もっと他の何かから世界を覗いてみたいなぁ

どの視点から見るかによって世界のイメージもかわっちゃうと思うんよ

宇宙とかだって見る人が見りゃわりとちっぽけで

人差し指と親指でパチンとつぶせるくらいもろくてはかないものなのかも









あぁ
世界なんてわかんないことだらけだ










絶望する必要なんてないのかね
ねぇ
すんごい久々に日記書いてみようと思う。










連日の飲み会。この前はギタ研、おとといは大学の軽音サークル、そして今日は前バイトしてたサイゼリヤメンバーで飲み。




お酒飲んでいろんな話するのがおもしろいって最近になってやっと気づいた。
元々お酒強くないからあんまり飲み会好きじゃなかったんだけど。







俺、わりと自分の本当の気持ちを隠してしまうときがよくある
別にそれを狙ってやってるわけじゃなくて、もう性格的に自然としちゃうんよねー
合鎚うつの上手いし、話も興味なくても合わせようとするし
それなんか違うんじゃない?って思っても、あー確かにねーって流しちゃう。
だって自分の意見を言うって、俺にとってはすごく怖いことなんよね

俺は人から嫌われるのが大嫌いで、できる限り誰とでも仲良くなりたい。
誰かが俺のこと嫌ってて、俺の愚痴を誰かに言ってるんじゃないかって想像しただけでズキズキ心が痛む。

だから、人の好き嫌いはっきりしてて物事をしっかりと発言できる人にとても憧れる。
あれって、心が強くないと絶対にできないよね。心が弱いと絶対どっかで折れちゃうもん。

そういう人って、誰かから反感を買うような発言をする根拠も、いつかはそいつのためになると思って発言してるんだよね。
それが凄いよ。自分が傷ついてまで相手のことを思いやってはっきりと本当のことが言えるんだから。

間違っていてもここで同意してしまったら、結局この人のためにならない。それは頭の中で分かってるんだけど、目先の利益、とりあえずそいつと上手くやっていきたい、っていうのをどうしても求めちゃうから、それを手放すのが怖くて心とは裏腹なことを言ってしまう。

ダメだって分かってるのに、なんでできないのかなぁ




まぁでも最近はもう諦めてる
俺ってこういう風にしか生きられないんだよきっと


















平凡さを求めて僕を変えようと奮闘すればするほど
何もないつまらない人間になってくね

平凡さってなんなのか深く考えれば考えるほど
その基準をどこに持っていけばいいのかわかんなくなるね

当たり障りなく生きることがとても素晴らしいのだと
思わせるその動機はなんなのだろうね

平凡さからかけ離れることを恐怖と感じるその根拠は
どこで生まれいつ消えていくのか



きっと思春期の頃は、社会の一員として適応することに必死で
その一番てっとりばやい方法が平凡になることで
社会の中の平均、真ん中を通ることで自分は何かに属していると思わせるんだろう
今僕は思春期から大人へと変わっていく過程の中に存在していて
他の人とは違う何かを追い求める気持ちがだんだんと芽生えてくる

きっと思春期で平凡さを求めることによって社会の中に属することのできる度合を測っていたのだろうね
それを測り終えた後は、社会に属せるギリギリの範囲まで個性を見出そうとする
だからあの思春期がなければ社会に属せる範囲を知ることなく個性を見出してしまい、社会の外へと追い出されてしまうのだろう

そう考えれば、あの頃ひたすら平凡さを追い求めていた自分も無駄じゃなかったんだなって納得できる
でも、本当は辻褄を合せて自分自身を納得させているだけなのかもね

そうやって自分自身をごまかす術も、大人になることで身についていくのかな











まぁこんな感じで、これからはふと思いついたことを徒然と書いていく日記にしていこう



誰か読んでくれるとかそういうの抜きにして、自分に向き合うための日記にしていこう
サビがヤバい。一気に引き込まれる。
http://jp.youtube.com/watch?v=ayAjYdt4-Yg